1979年の6月だったと思う。
その年の3月末には、私は横浜にいた。
ジャス君、私がいなくなったコトで、家族の誰にも面倒を見てもらえなくなった。
大好きだった祖母も、寝たきりになり、誰にも気づかれないまま、衰弱していったジャス君だった。
6月のある日、ぐったりしたジャス君を発見した親父殿は、町内にある警察犬の訓練所の獣医師を呼びにいって、ジャス君を看てもらった。
かなり衰弱して、回復の見込みが無いコトから、注射で安楽死した。
親父殿は、推定20Kg以上もあるジャス君を自転車に乗せ、斎場に行った。
遺骨を引き取るか聞かれて、持ち合わせが足りなかったので、引き取りはしなかった。
ってことで、ジャス君は、弘前斎場のペットのお墓に埋葬されました。
そして、その年のお盆には、ジャス君が残した緑色の首輪を我が家の墓所に片隅に埋めた。
ジャス君が死んで、4年後に現在の場所に引っ越してきました。
それまでの、古い家には、ジャス君がいなくなっても、そこかしこにジャス君の毛が付着していました。
現在の家に引っ越した直後は、古い家から持ってきた家具に、ジャス君の毛が付いて、びっくりしたものです。
ジャス君は、死んでしまって今年で44年になります。
ある時は、弟のように、またある時は、子供のようだったジャス君。
ジャス君は、犬なのに、ジャス君を通して社会性や心のつながりなどに思いをはせることができるようになったと思います。
後年、井上洋治神父が主宰された風の家にお邪魔するようになり・・・
当時、神学生だった伊藤幸史氏に酒席とは言え、ジャス君のコトを熱心に話したら、ぽつり・・・
「死ぬと、その犬に会えます。」
これは、私に圧倒的な慰めになりました。
私にうち捨てれたと思いなから、絶望のうちに死んでしまったジャス君に、胸を張って再会できるまで、生きたいと思いました。
現在、伊藤幸史神父は、長野県の小谷村で信州風の家の活動をされています。
さうさう、今年は忠犬ハチ公の生誕100年だそうです。
渋谷区や大館市で、この秋、イベントがあるそうです。
秋田犬を見かけたら、ワサオやジャス君のコトも思い出してください。


















