ジャス君、拾い食いするものだから、時々、お腹を壊すコトがあった。
下痢とか、割と分かりやすいけど、そのほかにも、おならも要注意だった。
腸内発酵で溜まったガスが、出てくるわけだ。
ジャス君、さり気なく、「ぷぅー」とかしと、私が慌てると・・・
「さぁ、ボクは、何のコトか、知らないよぉ!」
って、とぼけた顔をするジャス君だった。
・【秋田犬げんき】オナラをして恥ずかしがる 【akita dog fart】
ジャス君、拾い食いするものだから、時々、お腹を壊すコトがあった。
下痢とか、割と分かりやすいけど、そのほかにも、おならも要注意だった。
腸内発酵で溜まったガスが、出てくるわけだ。
ジャス君、さり気なく、「ぷぅー」とかしと、私が慌てると・・・
「さぁ、ボクは、何のコトか、知らないよぉ!」
って、とぼけた顔をするジャス君だった。
・【秋田犬げんき】オナラをして恥ずかしがる 【akita dog fart】
ジャス君、もふもふの宿命、毛玉に悩まされた。
毛玉ができると、皮膚が引っ張られるので、痛いらしい。
なので、時々、毛玉を切り取ったり、大きな毛玉は、切り開いて、ほぐしたりした。
すると、ジャス君、ストレスが減るのか、ずいぶんおとなしくなる。
この作業を自宅でやると、そこら中、ジャス君の毛だらけになってしまいます。
なので、散歩の途中で、人家から離れた場所で、やるよーになりました。
一度、徹底的に毛玉の排除をやったら、大量の毛が残された。
まるで、犬、一頭を処分したあとみたいだった(@.@;)
ジャス君が失踪していた謎の三ヶ月間、一体、何があったのだろーか?
ジャス君は、何も語らない。
親父殿の所見では、首輪の金具が錆びていないことから、どこかに留め置かれたのではないかと・・・
で、何らかの理由で、放逐された。
晴れて自由の身になって、生まれ故郷の街では無く、実質的に育った我が家に戻って来た辺りが心憎い。
当時の犬の扱いだと、犬のご飯なんて、白飯に味噌汁をぶっかけたよーな代物だった。
だけど、我が家では、チキンスープのかかったご飯、それに、時々は、ジャス君の好みを尊重して、パンも饗された。
多分、ジャス君、自分の個性を認めてくれる場所に帰ってきたと思う。
野良犬生活も気ままで良いのかもしれないけど、安定して食えない。
でも、飼い犬なら、気ままを犠牲にしても、飢えるコトは無い。
ジャス君の究極の選択のポイントは、『食える』だと思う。
あと、祖母の存在が大きいかな(^^?)
ジャス君、最初に覚えたのが”お座り”だった。
これは、難なく覚えた。
まぁ、ジャス君の場合、とっかに連れて行って、お座りって言う前、既にお座りしているコトが多いかな(^^?)
”お手”は、一ヶ月もかかってやっと覚えた。
覚えたのは良いが、今度は、私にお手を催促するよーになってしまった。
あとはもう、全敗(>_<)
”伏せ”も”待て”も、全く従わない。
で、いつもジャス君、目で訴えていた。
「何で、こんなコトやるの?」
ジャス君、子犬の頃でした。
抱っこされるのが、旨かった。
ある意味、あざといのかな(^^?)
ジャス君を抱っこすると、私の左胸の上に体重を乗せてくる。
ちょうど、心臓の上に・・・
すると、ジャス君、安心したよーに大人しくなるのでした。
いやぁ、この頃のジャス君、本当に可愛かった。
時は流れて、成犬になったジャス君、推定体重は20kgばかりになっていた。
抱っこ上しよーにも、重すぎた。
それでも、無理して抱っこしよーとすると、痛いのか、暴れるジャス君であった。
ジャス君、暴れながら私を見る目は・・・
「何でだ?
おまえ、抱っこが下手になった!」
って、訴えていた。
だが、ジャス君、私が下手になったのではなく、ジャス君がでかくなったからだよ!
1977年に我が家の物置を解体して、離れを建てた。
その時期に、裏口から洗濯機置き場、犬小屋、離れに至る部分をコンクリート叩きにした。
まぁ、この部分でも、隣家と接する場所は、土がむき出しになっていて、夏には、ジャス君がクールダウンに使っていた。
で、困ったのは、厳冬期だった。
母屋と離れの間は、冬囲いが施され、屋内同様になる。
これは、ジャス君も、喜んでいたけど・・・
唯一の難点が、コンクリート土間だった。
厳冬期は、かなり寒いらしい。
ジャス君、どんなに寒くても、犬小屋は嫌いだったみたいです。
特に冬、落雪で埋まりかけて以来、トラウマになっているらしい(^^?)
それで、真冬でも、コンクリート土間で寝ていたけど・・・
目が、『辛い!』って、訴えていた。
そこで、近所のスーパーから発泡スチロール製の魚箱をもらってきて、ジャス君にやると、すっかり気に入っていた。
ある冬の朝、離れからジャス君を呼ぶと、発泡スチロール製の魚箱から出てこない。
ジャス君、目が訴えていた。
「用事があるなら、おまえが来い!」
私が行かないと・・・
意を決したように、発泡スチロール製の魚箱から出て、コンクリート土間に立った。
それでも、私が行かないと・・・
発泡スチロール製の魚箱に戻るジャス君だった。
「なんだよぉ!
こっちは、決死の覚悟で出てきたのに、ただの冷やかしかよ!!」
ぶつぶつ、文句を言いたそうな目を、私向けていた。
ジャス君を我が家に連れて来たお袋殿の話では・・・
毎日、お昼時になると、昼食中のお袋殿の元にやって来て、媚びていたらしい。
そして、お袋殿に愛想を振りまいては、お袋殿の弁当からおいしいモノをゲットしていたらしいです。
これって、その後、我が家にやって来ても、散歩の途中で、小学生の女の子の集団に向かって、果敢に挑戦する姿を何度も目撃しました。
もちろん、毎回成功するは限らないので、惨敗するジャス君も見たコトがあります。
何かお菓子でも持っていそうな人って、ジャス君には匂いで分かるらしく、これでターゲットを特定しているみたいです。
次に、あの顔でお目々に星の2,3個輝かせて、小首を傾けて愛想をふりまく。
これで、あわよくば、何らかの美味しいモノをせしめていた。
そう、ジャス君、『可愛い』を武器に、普通なら入手困難な美味しいモノをゲットする術(すべ)を持ち合わせていた。
まぁ、吠えたり、噛みついたりと暴力的でない辺りが、ジャス君らしい。
ちなみに、ジャス君を我が家に連れて来たお袋殿だが・・・
ジャス君につれなく当たるモノだから・・・・
「こんなはずでは、なかった!」
って、感じていたに違いない。
でも、限りなく優しい祖母に出会ったコトが善かったじゃないか!
ジャス君、終生直らなかったのが、『拾い食い』でした。
そのせいなのか、時々、ジャス君、お腹を壊すコトがよくあった。
ジャス君の下痢が長引いていた時、ジャス君に胃腸薬を飲まそうと思い立った。
で、粉末状の胃腸薬を少量、ジャス君の大好きな食パンに挟んであげたのだが・・・
いつもなら、パンに飛びかかるジャス君なのに、この時ばかりは、薬の匂いに反応して、出されたパンを口にしなかった。
確かに、人間用の薬は、犬には強いらしい(^^?)
知ってか知らずか、ジャス君は、人間の薬を受け付けなかった。
代わりに、散歩の途中で葉が細く立っている雑草を好んで食べていた。
「こっちが、よっぽど利くぞ!」
って、ジャス君、目が訴えていた。
ジャス君が来たのは、2月でした。
厳冬期ということもあり、ジャス君には、工事の途中で止まったままになっていたお風呂場が、与えられた。
以来、ジャス君は、お風呂場を自分の居場所だと思っているみたいです。
なので、お風呂場の工事再開と共に、犬小屋が作られ、ジャス君は、屋外で過ごすことになったのです。
でも、ジャス君、子犬の頃過ごしたお風呂場が懐かしいのか、お風呂の焚き口の所に入り込んでいました。
この裏口は、冬や雨が降っていれば、閉ざされていましたが、それ以外は、日中ほとんど開けていて、ジャス君がいたものです。
後年、離れが増築された際、犬小屋は離れの軒下に移動しました。
ジャス君を繋いだ鎖は、犬小屋そばの杭に固定されていましたが、犬小屋の移動と共に、可動域を増やすため、ジャス君の鎖はワイヤーに通されるコトになり、裏口から離れの隅々まで移動可能になりました。
そでも、ジャス君、一日中、大好きなお風呂の焚き口に居座っていました。
この写真の背後が、その場所です。
前にも、ブログに書いたけど・・・
親父殿が、厳冬期にジャス君を散歩に連れ出して、田んぼの真ん中でバターボールを掘り出したコトがあった。
私も、同じ様なコトを目撃したことがある。
やはり、厳冬期の散歩の途中だった。
ジャス君、道路端で、一心不乱に雪と言うかぁ・・・
ほとんど氷塊に近い状態の雪から、バターボールを掘り出した。
それも、包み紙に包まれていなくて、無傷のよーだった。
ん~、誰かが口に入れようとして、落としたのかな(^^?)
それにしても、ジャス君も犬だ!
よくもまぁ、大好きなモノならすぐにでも見つけるみたいだ(^^;)/
度々このブログに登場する親戚宅での出来事です。
改築の途上で、親父殿の井戸掘りの手伝いに来ていた私・・・
当然、ジャス君もいるわけで(^^;)
親父殿に、合板を持って来るよーに言われた。
取りに行ってみると、ジャス君が腰を下ろしていた。
私がいくら言っても、ジャス君、一向に合板から降り気が無い。
仕方ない、ここは親父殿の力を借りなければ(^^;)
親父殿が命令しても、ジャス君、合板から降りなかった。
もーこーなったら、強行手段だ!
親父殿と二人で合板を持ち上げて、持って行くコトにした。
ジャス君の前足は、地面に付いたままで、腰を下ろした後ろ足は持ち上げられた合板の上で、空中だった。
さすがに、後ろ足の方が高くなり、前かがみなったところで、慌てて降りたジャス君であった。
親父殿は、ジャス君を強情だと評したけど、私には、状況を飲み込めないヤツにしか見えなかった(^^;)/
あれは、私が小学校の6年生の頃だった。
季節は、今ぐらいだったよーに記憶しています。
日中の暑さを避けて夕方に散歩した帰りに、小学校の近くを通った時でした。
私と同じように、夕方に犬の散歩をする人が多くいた。
すると、ジャス君、ほかの犬が気になるらしく、しきりにそちらの犬にばかり気を取られていた。
そんな脇見運転ならぬ脇見散歩するものだから、正面にある松の苗木に激突していた。
夕方で、少し暗くなっていた上に、ジャス君は、近視だから、避けようが無い。
まぁ、まっすぐ前を見てあるいていたら、ぶつかるコトも無かろうに・・・
ジャス君、松の苗木にびっくりしたのか、飛び跳ねていた。
ジャス君、土佐犬に襲われて怯えていた場面に祖母がいた。
祖母は、人間の子供と同様に優しさで、ジャス君を包んだ。
だけど、それから数ヶ月後、親戚宅の巨大な水たまりにはまって、溺れそーになったジャス君・・・
この時は、誰も助けてくれなくて、周囲にいた人たちが、大笑いしていた。
後年、ジャス君、威圧的な脅しには屈しなくなった。
だけど、水は怖くて泳げなくなってしまった。
特に、水に顔をつけることが、まったくできない。
祖母がやった・・・
「痛いの痛いの飛んでいけ~!」
には、確かに効果があったみたいです。
ジャス君・・・
「もぉ、ボク、大丈夫!!」
って、言わんばかりにすっくと立ち上がった。
でも、溺れそうになった時、誰も助けてくれなかった。
以来、水を恐れて、泳ぐことは無かった。
生命とは、愛がなければ、育たないモノらしいです。
ジャス君、最も大嫌いなコトは、『我』を押しつけて来る存在は、本当に大嫌いだった。
子犬の頃に襲ってきた土佐犬や、自己主張強めのお袋殿には、ジャス君、正直、辟易していたはず(^^;)
ジャス君、自分でできる限りの気遣いや、心配りをして、良好な関係性を築こうと努力しているのに・・・
一方的に自己主張ばかり押しつけてきて、傲慢な態度をする存在には、不信感しか無かったと思う。
こんな態度には、ジャス君、あからさまに不快感を顔に出していた。
見ているこちらも、コイツ、本当に嫌なんだろーな(^^;)
ジャス君、パンが大好物だった。
一番大好きなのは、食パンの耳!
それも、1斤のパンから食パンを切ったあとに残る堅い耳が、最も大好きだった。
その次は、コッペパンです。
そう、学校の給食に出るパンです。
私は、多めに届いたパンや、パンを食べない同級生からもらったパンをジャス君に与えていました。
ジャス君、ジャムも、マーガリンも無いただのコッペパンが大好きだった。
あとは、あんパンやクリームパンかな(^^?)
意外と食パンは、柔らかすぎてあまり好きでは無いらしい。
惣菜パンは、塩分が強いのか、敬遠気味でしたね。
今日の昼食は、コッペパンでした。
しみじみとジャス君を偲びながら、お袋殿と二人でコッペパンを食べたのでした。
そもそも、犬に食べ物を与えると、そのままの姿勢で食べるモノですよね。
ところが、ジャス君、取られるのが嫌だと言う意思がある場合、私に背を向けて取られないよーにして食べます。
ジャス君の大好きな鶏モモや、厚手のパンの耳をあげると、くるりと私に背を向けて、首位委に睨みを効かして食べていましたね。
そうそう、大好きなヨーグルトをあげた時も、鼻息も荒く『ハグッ、ハグッ』って、音を立ててヨーグルトの容器を前足で押さえながら舐めまくっていた時も、私に背中を向けていました。
大好物には、はっきり意思を表すジャス君であった。
ジャス君の怒りのパターンは、わかりやすい。
ジャス君の自己都合で怒っているわけでは、無いらしい。
良く観察すると、怒る対象者は子犬や若い犬に向けて怒っている。
相手の了解無しに、自己都合を押しつける行為に対しては、本気で怒る。
これが、犬の社会のおける躾けなんでしょうね。
社会を維持するためのルールには、敏感なジャス君であった。
1.首を左右に振る。
2.相手の首根っこを押さえつける。
3.諫めるよーに甘噛みする。
”1.”は、人間の赤ちゃんから執拗な攻撃に反応していた。
”2.”は、親戚宅のコロちゃんが子犬の頃にやっていた。
”3.”は、野良犬グルプーで、若い犬が乱暴にじゃれてきた時、反撃していた。
ここで不思議に思うのは、一体こんなコトをジャス君はどこで、身につけたのだろう?
まだまだ、子犬の時分に親犬から引き離されて我が家にやって来たのに・・・
意外と、祖母の躾が、ジャス君のこんな行動に反映されているのかも知れませんね。
このブログで、度々登場する親戚宅・・・
ジャス君がやって来た昭和46年に家を改築した。
その歳、我が親父殿が井戸掘りに挑戦したけど、旨く行かず、庭が水浸しになっただけだっただけだし・・・
ジャス君が、水たまりにはまって、溺れそうになるし・・・
で、たしか、その翌週辺り、ジャス君を連れて再訪した。
すると、従弟殿、自分の飼っているスピッツ系雑種の真っ白い犬を洗ったばかりだった。
それも、食器を洗う洗剤で・・・
当時の私でも、犬を洗うなら、赤ちゃん用のシャンプーで洗うものだと、聞いていたので・・・
食器を洗う洗剤って、ちょっとショックだった(^^;)
で、従弟殿と申し合わせて、放し飼い状態のジャス君を捕まえて、洗おうとした。
ところが、ジャス君、危険を察知したのか、逃げる、逃げる!
結局、ジャス君、逃げ切ってしまった。
私が、自宅に帰ると、やっとジャス君を捉えるコトができた。
もぉ、疲れ果てて、ジャス君を洗うどころでは、なかった。
ってことで、ジャス君、生涯、洗われるコトが無かった。
ジャス君、微妙に暇そーにいている時、意表をついて、脅かしていた。
この手口は、後年、就職した際、独身寮に入寮したのだけど、そこの寮の調理人さん家族が飼っている黒犬にも試したら、効果抜群だった。
何のコトは無い。
万歳した状態で、手をパーに開いて、手首を右に左に回して、犬に向かって行くだけ。
視線が動く手のひらに向かうので、高い位置になる。
犬して見れば、何か大きなモノが近づいて来るに見えるらしい。
ジャス君は、「おっ! 何だ?」くらいだったけど、黒犬君は、震え上がっていた(^^;)/
私が、ジャス君のそばにいる限り、決して寝ない。
何故って?
ジャス君、私のいたずらに警戒しているから、寝ている場合じゃない。
それよりも、なにより、私が何をしでかすのか、分からないから、寝てなんかいられない!
って、辺りが本音かな(^^?)
何時でも、散歩に行こうと誘えば、喜んで出かけるジャス君であった。
ジャス君が、まだ子犬で室内犬だった頃でした。
夕食がすき焼きだったコトがあった。
何にでも興味があるジャス君、親父殿が手にした日本酒に興味津々だった。
親父殿、手にした日本酒を、ジャス君に嗅がせていた。
すると、ジャス君、前足で花を抱えていた(^^;)
「何だぁ!
この刺激臭は!!」
ジャス君の心の叫びが、聞こえてきそーだった(^^;)/
ジャス君って、三毛猫ならぬ三毛犬だったのです。
ジャス君の体毛は、白ベースに背中を中心に全体的に茶色い体毛が被い、耳の先端や噴口の周りとかに黒い体毛がちょっとだけあった。
中でも、ジャス君を見分ける決め手は、尻尾の真ん中辺りで、巻き尾の中心部分に当たる体毛に黒い体毛が混じっているコトです。
放蕩息子の帰還ではなく、ジャス君の野良犬生活からの帰還では、三ヶ月も経過して、一回りも大きくなったジャス君を見分ける決め手にしたのが、この尻尾の黒い体毛だったのです。
ジャス君じゃないかと思った瞬間、巻き尾を伸ばして確認しました。
犬種によっては、成長に伴って体毛の色や模様が変化するらしいですが、ジャス君は生涯不変でしたね。
ジャス君の性格は、極めて温厚。
執拗な執着は見当たらないし、無意味に奔放でもない。
来るモノは拒まず、去るモノは追わず。
だったと思います。
放し飼いの頃には、仲の良い手下を多数引き連れていたし・・・
しがない飼い犬時代でも、通りすがりの野良犬にも優しく接していた。
「ボクはね、ただ、楽しいコトをしたいだけなのさ。
でもね、それって、だれかを犠牲するコトぢゃないよ。
皆が、楽しくないと、意味が無いと思うよ。」
ジャス君、秋田犬らしい巻尾なのだが・・・
時々、やる気が無いのか、ダラッと伸ばしていることがある。
私が、巻尾に戻してみても、すぐに伸ばしてしまう(^^?)
「ボクだって、
やる気が無くなるコトだって、
あるよ。」
ジャス君の気持ち、飼い主、知らず(^^;)
なんてね(^^;)/
それは、子犬の証!
秋田犬は、子犬の頃は、折れ耳の状態であっても、成長につれて立ち耳になるものらしいです。
ところが、ジャス君に至っては、子犬の頃から9歳で死ぬまで、耳は折れたままだった。
ある意味、死ぬまで子犬のままで、かわいいって感じさったみたいです。
でも、風の強い日に風上を向くと、ジャス君でも、折れ耳が持ち上がって、立ち耳になるのでした。
ジャス君、胸の肋骨の辺りを撫でてやると、もの凄く喜ぶ。
もっと、喜ばせたいモノだから、ちょっと強く撫でてしまうと、痛いらしい。
いつもは、優しいジャス君なのに、ちょっと度が過ぎると怒るらしい。
「こらぁ!
お前には、優しさと言うモノは、無いのか?」
必死の甘噛みで抵抗するジャス君であった。
ジャス君、散歩していて、急に車道に飛び出す犬や猫を見ると、びっくりする。
「危ないなぁ!
何で、あんなに急に飛び出さなきゃいけないの?」
正に『えっ!!』って感じで、目を丸くしてびっくりするジャス君であった。
ジャス君自身、車道を渡る時、必ず左右を確認して、クルマが来ないコトを確認していた。
安全が確認できない場合、決して渡ろうとしなかった。
私が、カメラを買ったのは、1977年の8月でした。
以来、ジャス君を被写体にして、写真を撮ったものです。
カメラをジャス君に向けると・・・
「何だ?
こいつは??」
ジャス君、緊張して固まったままだった(^^;)
で、シャッターを切ると、私の顔が見えるよーになるので、ジャス君も安心して動き出す。
なので、シャッター音がするまで、ジャス君フリーズ状態になるのでした。
ジャス君、子犬だった頃、室内犬だった。
ある日の夕方だった。
夕食が、すき焼きだったのだが、ジャス君、生肉に興味津々だった。
親父殿が、気を利かして、肉を一切れ味もつけないで焼いて、ジャス君に提供した。
すると、ジャス君、ひどくがっかりしていた。
「え~、焼いちゃうのぉ?」
残念そーにするジャス君であったが、加工肉は良く食べる。
ソーセージや、ウインナー、ハンバーグなんかも焼いていないと、良く食べる。
きっと、おやつ感覚なんだろーな?
それは、昭和52年8月4日の早朝だった。
それまで、経験したコトが無い大雨だった。
特に4日未明の雷雨は、凄まじい雷に豪雨だった。
雷が三方からやって来たかと思うと、空中で一束になって数キロ先に落雷した。
その時、わずかに地面が揺れた。
雨は、滝のように降り続けた。
でだ、肝心のジャス君、母屋と私が住む離れの間で、すっかり屋内犬になっていたので、コトの重大さを分かっていなかった。
雷が轟こーが、大雨が滝のよーに降っても、散歩は行くモノだ!
って、一点張りの主張だった(^^;)
でも、私は、安全第一に散歩を中止した。
「えぇ!
嘘!!
何で、散歩に行かないの??」
身体全体で、抗議するジャス君だった(^^;)/
ジャス君、我が家に来て間が無い頃だった。
当時のジャス君と同じくらいの大きさのぬいぐぐみが、我が家にあった。
このぬいぐるみは、親父殿が唐突に数年前に買ったモノなのだが・・・
巨大なピンクの犬のぬいぐるみであった。
夕方の散歩から帰って来たジャス君に、このぬいぐるみを引き合わせてみた。
すると、ジャス君、何の興味も示さなかった。
恐らくジャス君にとって、ぬいぐるみって、布や繊維の塊でしかないみたいです。
動きが無いただの塊なんでしょう。
匂いを嗅いで、何の興味も示さなかった。
「これって、何?
食えないの??」
ジャス君にとって、食えないモノには、興味が無いよーだ(^^;)/
1979年の6月だったと思う。 その年の3月末には、私は横浜にいた。 ジャス君、私がいなくなったコトで、家族の誰にも面倒を見てもらえなくなった。 大好きだった祖母も、寝たきりになり、誰にも気づかれないまま、衰弱していったジャス君だった。 6月のある日、ぐったりしたジ...